いい人になることができる人間がいる。

みんなにいい顔をして、

みんなに愛される人間。

そういう人は大体頭がいい。

視野が広い。

心が広い。

気配りができる。

理想的な人間だ。

子供向け番組ならヒーローだ。

そんな人間に私は憧れない。

いい人になれる人間は一握りしかしない。

そしてそんな人間は並々ならぬ努力をしている。

世界のいろんな悪と接してきて、

汚いものに触れて、

それでも世界を愛して、

そうしてなれるのだ。

10年、20年でなれるようなものではない。

そもそも「いい人」って何?

例えば、

お年寄りに席をゆずる人、

お金を貸してくれる人、

動物を大切にする人、

NOと言わない人。

人によっていい人の定義は変わってくる。

それでも共通項は見えてくる。

「優しい人」

いい人って多分、優しい人のことを言うのだと思う。

ただ、優しい人=いい人、

と言うのは安直すぎる。

いい人の中に優しい人はいるが、

優しい人が全員いい人というわけではない。

いい人になりきれない人がいる。

私はそんな人間が嫌いだ。

いい人になりきれない人間は、

全員を傷つける。

それは視野が狭く頭が悪いから。

世界の汚いを見て、

それでも世界を愛そうと努力している。

でも彼らにはそれ相応の器がないのだ。

器も持ち合わせていないのに、

いい人のマネっこ。

全員にいい顔してもどこかにシワができる。

それは必ず起こる。

そして、そのシワを直すこともできない。

周りが見えていないから。

シワが寄っていることにすら気づかない。

高校時代から嫌いなエセいい人がいる。

友達からは人気で恋人もいて先生からの評判も良かった。

ある時恋人に別れを告げられた話をされた。

理由を聞くと、

全然私のこと見えてない、

ということだったらしい。

彼は全く理解していなかった。

いい人になりきったつもりでいるから。

私には何となく理解できた。

彼は友達にいい顔をしてNOと言わない性格だった。

毎日のように違う友達と遊んでいた。

予約待ちみたいな状態だ。

そんな中、最初にキレたのは彼女だった。

全然会ってくれない。

考えてみればわかる。

恋人からすればそんな彼氏いやだ。

そして彼は恋人との時間を増やす。

すると、友達が冷め始める。

あいつ付き合い悪いな。

そして彼は友達と恋人との時間を増やす。

すると、家族が怒る。

全然家にいないね、勉強はしているのか。

そして彼は家族との時間を増やす。

この繰り返しが行われる。

自分の時間なんて一切ない。

そんな彼の成績はよくなかった。

頭が悪いのに、そんな器がないのに、

いい人のマネっこをしたからだ。

一番救えないのは、

彼自身がそれに気づいていないこと。

親切心で私が教えてあげても、

この生き方しかわからない、

といって自分自身から逃げる。

私は優しいな。

いい人になれる素質があるのかもしれない。

努力のベクトルが違う。

力の使い方を、時間の使い方を間違えている。

当時の私はそう思っていたが、

今では、彼にとってそれが幸せならそれでいいと思っている。

いい人のマネっこ。

実はこの不完全な人間はたくさんいる。

そして、私はそんな人間とたくさん出会ってきた。

彼らに共通することがある。

自分を愛せていない。

自分に嘘をついている。

自分から逃げている。

自分に優しくできていない。

出会ってきた全員に共通することだ。

「いい人」とは、

自分を一番愛している人間だと思う。

もちろん、

自分を愛しているだけではなれない。

頭の良さと器が必要になる。

全てを持ち合わせた上で、

いい人になろうと努力する人が、

いい人になれる。

全てを持ち合わせた上で、

その道を進まない人が大半だ。

この世の中の生き方にそぐわないから。

生きているだけでストレスがたまる世界。

トゲを隠して生きていくのは至難の技だ。


私の周りにはいい人になりきれている人はいない。

出会ったことがない。

みんな不完全。

努力をバカにするとかそういう話ではない。

その人にはその人の考えが、

私には私の考えがあるから。

いい人になりきれない人間が苦手、

というだけの話だ。

自分にとって、私自身にとって、

それが一番危険な人間だ。

人の生き方を考えかたを捻じ曲げるほど、

私は悪い人ではない。

いや、厳密には悪い人に分類されるのかもしれない。

だって私は、

いい人になりきれない人にすらなれないのだから。


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