人が壊れる瞬間。

そんな瞬間を何度も見たことがある。

付き合っていた彼女が援交をしていた。

いわゆる援助交際。

学生が稼ぐのには一番効率がいいバイト。

キャバクラと風俗でも働いていた。

浮気も4回された。

ここまでは知っていた。

どうやら私は2人目の彼氏だったらしい。

そのことは別れた後に知った。

広島と東京の遠距離。

私たちの関係は全てにおいて遠い距離にあった。

付き合い始めて1年が経ったあたり。

急にご両親から電話があった。

その声は落ち着いていた。

「娘が家の屋上から飛び降りました。」

私と相手のご両親とは不仲にあった。

電話がかかってきた瞬間に顔をしかめずにはいられなかった。

それよりも出た瞬間の言葉に心臓が浮いた感じがした。

最悪の状況が頭をよぎった。

相手のお父様が続ける。

「娘は病院にいます。無事です。君、何か心当たりはありませんか?」

無事を確認できて安堵した。

心当たりなんていくらでもある。

自分が浮気をして、その背徳感でリスカをするような子だ。

また自分で何かやったのだろう。

ただ、この状況で言えるような内容ではなかった。

「わかりません。」

それだけ伝えて相手の出方を待った。

「話がしたいです。広島に来なさい。」

想定内の言葉だ。

以前にも同じような経験があったから。

私は嫌味一つ言わずすぐに広島に向かった。

広島駅につくと改札にお父様がいた。

迎えに来てくれていた。

その表情からは様々な感情が読み取れた。

中でも威嚇の念を強く感じた。

「車停めてあるから。」

「はい。」

駅から家までの間、二人が声にしたのはこれだけ。

無言の車内の空気は地獄そのものだった。

相手の家に到着する。

ドアを開けた瞬間にお母様が見えた。

その向かいには彼女がいた。

二人とも正座をしていた。

「そこに座りなさい」

お父様が囁くように私に指示した。

私は何も言わず彼女の横に正座した。

処刑の時間だ。

和解なんて求めてない。

この家族とは今日限りで縁を切る。

最後の我慢、耐えてきた日々の終焉。

私は強い覚悟を持って敵地に入ったのだ。

文字通り張り詰めた空気。

第一声を放ったのはまさかの私だった。

「どういうつもりでしょうか。」

自分でも意外だった。

身体がこの空気に耐えれなくなったのだと思う。

そんな弱みから出た言葉は、力強い声に乗せられて放たれた。

それから5秒の沈黙。

お父様が経緯を話始めた。

すごく落ち着いていた。

それから10秒くらいだろうか。

静かな空間に爆発音が放たれた。

「いい加減にしろ。そのふざけた態度は何?」

お母様は続ける。

「あなたのせいで娘がこうなっているの。バカにするのもたいがいにしなさい。」

私が導火線に火をつけて、お父様が火薬まで火を持っていった。

そしてお母様が花火を打ち上げた。

耽美なものだ。

私は余裕だったのかもしれない。

この状況でこんなことを考えていたのだ。

ちなみに、たいがいにしろ、という言葉は広島弁だ。

いい加減にしろ、という意味になる。

大変お怒りのようだった。

「順番に話す。先に経緯を話そう。」

お父様がお母様を制す。

お母様は怒りをなんとか抑えて姿勢を直す。

理想の夫婦だ。

経緯はこんな感じだった。

彼女はバイト先の浮気相手の男性にフラれた。

ストレス解消のために御得意様の男性と援交をした。

その男性にひどいことをされたらしい。

落ち込んで帰ってスマホを見ていた。

主に、私のツイッターのフォロワーの女を一人一人見ていたらしい。

その中に、私を含めた4人での写真を見つけた。

それを浮気だと確信して飛び降りたというわけだ。

彼女の家は裕福で3階建ての一軒家だった。

その3階から飛び降りたそう。

腕を骨折してしまったが、それ以外は特に異常はなかったらしい。

足が無事だったのがなんとも怖い。

「、、、、、ということだ。」

お父様が経緯を全て話し終えた。

少し沈黙が続いた。

私はこの時間を利用して頭を回転させた。

私に非はあっただろうか。

浮気をされたのは私の問題ではない。

浮気相手にフラれたのも私の問題ではない。

援交したのも、ひどいことされたのも私の問題ではない。

となると、ツイッターの写真か?

いやでも、友達4人で写真とっただけだ、何も悪くない。

となると、私に非はない?

この時点で空気に耐えられなくなりとりあえず放った。

「なるほど、経緯はわかりました。」

また頭を動かす。

私に非はないのになぜ呼ばれた?

わざわざ東京から呼び戻すようなことか?

そもそもなぜ私に対して怒っている?

ああ、なるほど。早く別れてくれということか。

それならそうと早くいってくれ。

ようやく答えに達した私は口を動かした。

「娘さんと私は相性が合いません。本日を持ってお別れさせていただきます。」

ご両親がフツフツと怒り始めたのを察知した。

それでも続けた。

「大変ご迷惑をおかけしました。それでは。」

立ち上がろうとしたその瞬間。

襲いかかろうとするお父様が視界に入った。

ああ、殴られる。これで済むならまあ良いか。

そう思っていたところに横槍が入った。

「やめてよ!」

彼女の声だった。

全員が彼女を見る。

それまで気づかなかった。

顔がぐちゃぐちゃになるまで泣いていたのだ。

何と言っているのかもわからない声で訴える。

振り絞った、という表現がピッタリだった。

彼女の意見を要約すると、

私が悪かった、もうこんなことはしない、別れたくない。

といったところだった。

言うまでもない、その姿は完全に壊れていた。

私と彼女とご両親。

その場にいる全員が全く違うことを考えていたのかもしれない。

私vsご両親、という対立構造に彼女という第三勢力が現れたのだ。

すごく気分が悪くなった。

娘の心の叫びにスイッチが入ったのか、

ご両親の中の「怒」がしゃしゃり出てくる。

お父様もお母様もすごく怒ってらっしゃる。

目が変な動きをしている。

目の奥がぼやぼやしている。

3人とも壊れちゃった。

怖い怖い怖い。

誰がなんて言っているかわからない。

発狂。

大海原で溺れているみたい。

どうすれば良いの?

次は私が壊れる番?

いつ壊れるの?

どうやったらそうなれるの?

もう私も壊れてる?

どうやら私は自分が思っているより弱くなかった。

頭は口は体はまだ動いた。

土下座しかないよな。

あとはタイミングを見計らうだけ。

深夜のドンキホーテのようなこの空間で、

一瞬の隙なんてなかなか生まれない。

気づけばお母様とお父様が喧嘩をしている。

何でそうなったのかわからないけれど、

私にとってそれは好都合だ。

今しかない。

「申し訳ありませんでした。」

沈黙が訪れることはなかった。

それでも私は1分くらいの土下座を披露した。

体感では10分くらいあったと思う。

最初に正気を掴んだのはお父様だった。

さすが大黒柱。

頼れる存在とはこういうことか。

私も結婚したらお父様のようなお父さんになりたい。

壊れた人間が正気を手に入れる様子はその時初めてみた。

急に黙り込んで、そこから徐々にという感じだった。

「もういい。顔をあげなさい。」

「申し訳ありませんでした。」

念の為もう一度謝罪を終えた私はゆっくりと顔をあげた。

お父様の凛々しい表情。

さっきまで発狂していた人間とは思えない。

お父様が話をまとめてくれた。

「別れろというと娘がきかない。とりあえず3ヶ月距離を置いてくれ。」

和解とまではいかなかったが示談が成立した。

お母様と彼女は納得していなかった。

いや、この場にいる全員が納得できるような内容ではない。

それでも私とお父様にとっては丁度いい落とし所だった。

こうして私にとっての世にも奇妙な物語は幕を閉じた。

私は人が壊れる瞬間、

そして治る瞬間を見たことがある。

どちらも突然やってくる。

その様子は人が変わってしまったかのよう。

光のような人間が闇のような行動をしたり。

闇のような人間が人であることを辞めたり。

変貌していく人を見て私は思う。

『人間はなんて魅力的なんだ。』

人間という生き物は動物界において、

一番感情に引きずり回されている。

感情の元に判断し、感情の元に行動する。

感情的になって自殺する者もいれば、感情に溺れて幸せになる者もいる。

ある感情が限界突破する時。

自分のキャパを超えた時、人は壊れる。

そして、何かによって制御を始めた時。

自分のキャパに収めた時、人は治る。

TVに出ている人や本を書いている人。

その中には何人も壊れた経験を持った人がいる。

自ら命を絶った人間だっている。

世の中にはそういう人がたくさんいる。

人間の魅力。

私が治った時はこれに気づいた時だった。

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