思考が行き詰まった時。

一度リラックスしたい時。

次の予定まで1時間ほど空いてしまった時。

僕は、色んなタイミングで公園を訪れることがある。

公園はそれぞれがそれぞれの目的のために過ごしているのに、その目的同士がかち合って争いになることが少ない、稀有な場所だと思う。

そして、僕が公園で散歩している時によく見るのは、仲睦まじく歩く老夫婦の姿だ。

「結婚」っていいなぁと、素直に思う風景だ。

しかし、残念なことに、「結婚 名言」を検索窓に入れ込んでenterを押せば、時代背景も文化も様々な偉人たちが放った名言が出てくるのだが、そのどれもが、

結婚は鳥カゴのようなものだ。カゴの外の鳥は餌箱をついばみたくて中へ入りたがり、カゴの中の鳥は空を飛びたくて外へ出たがる。
byモンテーニュ

恋は人を盲目にするが、結婚は視力を戻してくれる。
byリヒテンベルグ

結婚とは誰もが犯さなければならない過ちである。
byジョージ・ジュセル

結婚――いかなる羅針盤もかつて航路を発見したことのない荒海。
byハイネ

独身者とは妻を見つけないことに成功した男である。
byアンドレ・プレヴォー

結婚したことを後悔しているように聞こえる。

「結婚は人生の墓場」なんて言葉もよく聞くし、男性は「妻に頭が上がらないし、お小遣い制が辛い」など女性は「夫が家事を手伝ってくれない。」などと双方に対して不満をぶちまけており、TV番組やSNSに触れていれば嫌でも、円満な夫婦関係を築くのがどれだけ難しいのかを突きつけられてしまう。

加えて、女性の社会進出も進み、様々な働き方が認められてきている現代では個人として生きる道を選択することができるからか、男女ともに生涯未婚率が上がるばかりだ。

とここまで書いてみると、僕としてはとても悲観的になってしまう。

やはり自分も心のどこかで、あの老夫婦のように最後まで自分と連れ添ってくれる相手がいることを願っているからだろう。

しかし、ここで、逆に考えてみよう。

「結婚」という制度自体が現代に合っていないというようにも考えられるのではないか。

歴史を紐解いていくと、結婚とは女性をイエに縛り付け、子供をもうけ育てさせることで、イエを存続させるために生まれた制度であるという解釈もできる。

イエの重要性が薄れ、男女が平等になり、他人と他人の繋がりが昔よりも強くなった今、結婚の必要性がそれだけならば、この現代で結婚をする必要はないと言えよう。

もしそうであれば、「結婚=素晴らしいこと」という概念は無くなるのかもしれない。

今思えば、人類は進化の過程で、様々な器官を作り出し、また消滅させてきた。

もともと頭部を守るためのものだった髪の毛は、今や自分の容姿の出来を左右する重要な要素となった。

樹上生活を送る上で必要だった尻尾は、地上で生きる上で必要なくなり、姿を消した。

硬いものを噛み砕くために必要だった親知らずは、今や人々に苦痛を与えるだけの存在となった。

人間とその社会が進化をしていくにつれて、その存在価値が変わる器官や制度なんてものは無数に存在する。

結婚とは人間にとって

これから先も有用な「髪の毛」なのか。

あってもなくても困らない「尻尾」なのか。

それとも苦痛を与えるからこそ今すぐに無くなるべき「親知らず」なのか。

遠い未来の歴史家に、答えを聞いてみたいものだ。

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