「愛は憎しみに変わる」

どこかで目にしたことがある言葉だと思います。

不甲斐ないことですが、

私の人生で何度となく登場する言葉なのです。

最近また登場してきたので、

この言葉について少し考えてみることにしました。

愛が憎しみに変化するのは

永久的に「愛」だったものが、

”何か”によって

「憎しみ」に変えられたということになります。

その何かは、嘘・浮気・裏切りなどなど様々考えられます。

とにかく、変化を起こしたトリガーが存在しなければ

「愛」から「憎しみ」には変化しません。

では、このトリガーについて私の実体験から考えてみましょう。

昔お付き合いしていた方に

洋服をビリビリに破かれていたことがあります。

意味がわからない私は彼女に理由を問うと

「愛は憎しみに変わるのよ」

と返答しました。

洋服ビリビリって何やったのか、気になりますよね。(笑)

事の発端は、彼女の浮気です。

「お前の彼女が他の男とラブホから出てきたのみたよ」

友人に教えてもらう形で彼女の浮気を知ってしまった私は、

彼女にそのことを話しました。

すると彼女は大号泣をしながら白状しました。

泣きながら謝る彼女に私は別れを告げました。

何とか彼女を説得することが出来、無事自由を手に入れました。

仕事が終わり、帰ってゲームでもしようと思い家路につく。

部屋に入った瞬間、事件は起きてました。

彼女はまだ私のスペアキーを持っていたのです。

半分くらいの洋服がハサミでビリビリに、、、

洋服には何の罪もないのに(小声)

経緯はこんな感じです。

さて、私の体験を通して考えてみてください。

トリガーが起こる前まではお互いが「愛」を持ってました。

しかし、浮気という引き金を引くことによって

片方、もしくは両方の「愛」は「憎しみ」に変わりました。

では、憎しみを持つべきはどちらでしょうか。

至極当たり前ですが、私の方ですね。

だって浮気された、いわば被害者なのだから。

しかし、実際に憎しみを胸に

取り返しのつかない行動に出ていたのは彼女の方でした。

一体なぜ?

そもそも引き金を引いた(浮気をした)加害者の「愛」は

憎しみに変わるものなの?

「愛」なんてとっくに無くなっていたのでは?

彼女が浮気をした原因についてはわかっています。

直後に聞きました。

『寂しかったから』だそうです。

ウサギさんみたいで可愛いね。

寂しかったから仕返しに浮気をしただなんて

ハンムラビ法典でも対象外ですね。

まあそんな経験をした私は軽い人間不信になったわけですが

話を冒頭に戻すと、

「愛」が「憎しみ」になるきっかけとなるトリガー次第で

どちらの「愛」も「憎しみ」に変わりかねないのですね。

でもこんな簡単に変わってしまうようなものなのでしょうか。

次はその辺について考えてみましょう。

「愛」の反対語は一体なんでしょう。

weblio先生によると、「憎」のようです。

ってことは「愛」が何かによって一気に反対語の「憎」に変わるの?

実は、相手に対して強い「愛」を持つ一方で、

その裏側では、同じエネルギーで「憎しみ」が育っているのです。

この心理状態のことを『両価性』と言います。

ちなみに両価性は別名アンビバレンスと言います。

欅坂46の歌みたいですね。

一応wikipedia先生でも確認しますか。

アンビバレンス(ambivalence)とは、ある対象に対して、相反する感情を同時に持ったり、相反する態度を同時に示すこと

https://ja.wikipedia.org/wiki/アンビバレンス

様々な条件をクリアし両価性という心理状態になった瞬間に

トリガーが発動すれば、

「愛が憎しみに変わる」が成立するのでしょう。

なるほど、両価性という心理状態にあったから私の元彼女は

浮気をした挙句、私の洋服をビリビリに破ったのか。

とはならない(笑)

もっと納得にいく答えをください。。。

「愛は憎しみに変わる」という言葉、

私はどうしてもマイナスの思考にしかなりません。

この言葉を告げられるときは決まって人間不信になっているからです。

こういう時こそ逆の発想です。

愛が憎しみに変わるのであれば、

今私を憎んでいる人は

もともと私のことを愛していたのでしょう!

そうに違いない、そうとしか考えられない!

明日は我が身。

愛情のエネルギーはほどほどにしておこう。。。

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