雨に打たれる気分。

この時の感情を私は文字化できない。

気持ちがいい。

このくらいしか伝えることができない。

これ以上言ってしまうとそれはもう私の感情と違うから。

適切な言葉が見当たらない。

私は雨に惚れている。

小学生の頃からだろうか。

サッカー少年だった私は雨に日の練習が好きだった。

ビチャビチャになったグラウンド。

カラカラだった土は泥水になって綺麗な練習着をどんどん汚していく。

汚れは絵画のような模様を描いている。

その作品は洗剤によって真っ白のキャンバスに戻る。

そしてまた作品になる。

その繰り返しに私はある種の快感を覚えていた。

中学生の頃、塾の女の子が気になっていた。

ある日のこと。

塾から駅に向かう途中で雨が降った。

二人とも傘を持っていなかった。

「雨ってきもちいよね。」

女の子が言う。

雨に打たれている彼女の美しさに魅了された。

それが当時の私の精一杯だった。


社会人になってもやはり雨に打たれるのは好きだ。

昔のようにいつでもどこでも濡れることはなくなった。

私だって時と場合を考える。

スーツで雨に打たれるのは流石に気が引ける。

高い服を着ている時もそう。

濡れないように気をつける。

ストレスをためながら。

私のストレスの根源は傘だ。

微妙に濡れる。

「傘あるある」なんてスレがあったら間違いなく出てくる。

完璧に濡れるのを避けることは出来ないのだ。

『傘』

そもそも人が4人も入っているのが問題だ。

1人でも濡れるんだから、3人ともそれぞれ自分の傘を買った方がいい。

あの微妙に濡れる感じが一番嫌いだ。

快楽も何もない。

傘の存在に何度ストレスを感じたことか。

簡単には殺してくれない感じ。

傘は地獄の悪魔のような存在だ。

さて物騒な話はこの辺にして雨への愛情表現を言語化しておく。

私は雨に惚れている。

その性質に、その音に、その偉大さに。

私のストレスを発散してくれた。

気分が乗らないとき、着衣のまま雨に打たれれば気持ちよくなれた。

社会の雑音を消してくれた。

上京して人的騒音を消してくれたのは雨だった。

感謝の言葉は一体どこに伝えれば良いのだろうか。

この話を丸々同僚にしたことがある。

彼の話は雨が好きな人のそれだった。

「天気予報で雨マークを見ると憂鬱な気持ちが晴れる。」

こんなことを言っていた。

雨が好きなのに、気分は晴れるらしい。

ただ彼は雨が好きなわけではないと言う。

『雨』ではなく、『雨によって演出されるシーン』が好きなのだと。

そう思うと、私もそうなのかもしれない。

小学生の頃の話も、中学生の頃の話もそうだ。

私はまだ自分と雨の関係を理解出来ていなかった。

もっと雨と向き合わないといけない。

とりあえず雲を呼ぶことから始めよう。

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